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 昭和54年3月10日   御神訓


 [神は声もなし形も見えず疑わば限りなし恐るべし疑いをされよ、疑いを去れよ、という事は信じよ、  ということですよね 「神は信じる者を信ずる」と、おっしゃる。疑ってかかれば全部が嘘、半信  半疑じゃ、おかげも半分、と言うふうにも頂いたことがある。だからそこに、本当に神様を信ずる  という事が疑いを去る、ということでございます、ね。


 昨日の晩でした。もう10時ちょっと過ぎでしたでしょうか。私は、お手洗いに立たせて頂いておったら誰か、けたたましう部屋に見えておった。手洗いの中から、それを聞かせてもらったんです。そしたら内田のおばあちゃんでした。あの親奥様、今、孝子さんですか、公子先生が妹にあたります。産気づいておる。お医者さんは、1時か2時頃じゃろうと言われますけれども、今から、やらせて頂きますから、どうぞ、よろしゅうお願いします。と言うて、家内にお届けがありました。私は便所の中で、おかげ頂くな、と思ったんです。私がおれば私に言わなんでしょうが、私よりも、お産の事だけは家内の方が、おかげ頂くと信じてるんです。合楽の方達は、みんな、も、どんな難産ぐせの、ある人でも表で親奥様と会うたから、これは、おかげ頂くというよな、それを信じてるんです。
 そしたら、あくる日、お礼に出て来ましてから、あれから、あちらにやらせて頂いたら、すぐ11時頃には、お医者さんは1時か2時頃と言いよんなさった、と、と言うてお礼お届けがあったんですけれどもね。これなんかは、やはり、も、親先生より親奥様が一人じゃった方が、かえって、有難かったわけおかげ頂く、と、おばあちゃんも、思って行ったことでしょうし、家内と二人で、おばあちゃん帰った後で、私はお手洗いから出てから、安産のおかげ頂くぞ、ね。と言うて家内と二人で話した事でした。 で、家内が「本当に神様が信心も出けんのに顔を立てて下さって、いつも私がかかわったお産は、いつも安産ですもんね」と言うて、神様が顔を立てて下さる。ウン、そうだよ、神様が顔を立てて下さるんだよ、と言うて、ま、話したことでしたけれどもね。そこに、ね、信ずるという事がそういう、おかげになるんです、ね。「疑いを去り」
 そこで私共は本当に信じれれる、神様を信じ切っての生活、神様の働きを信じきっての行き方、というものを、いよいよ身につけていく生活を本当の信心生活だ、と知らなきゃならんのです。ね。
 今日、私は神が神を神と用いてくれる、と言うことが神を神と用いてくれない、そういう神様の言うならば神様の不満とでも申しましょうかね。
 神を神と用いてくれない氏子がある。そこに言うならば神様の御不満、せっかく信心するなら神を神と用いてくれりゃいいのだけれども、用いようとしない。私は、これの意味がよくわからない。
あぁ日々こうやって、お取次ぎ頂いてお願いをしよるのだから、神様を用いておるわけなんだろうけれども、どこが神様はご不満だろうかと、いったような感じがいたしておりましたが、ね。今日のこの御理解を頂いて思うことは、言うなら―「神を信じで用いてくれ―」ということであろうと、こう思うんです。だから、やっぱ、大変むつかしい事ですよね。ね、例えば、ま、して下さるか、して下さらんかわからんばってん、まあ頼んだほうがよかろう、といったようなことになるわけですね。本当の信ずるということがなくて、神様へ頼むということは神様を信じて頼む、もう、だから、神様へお願いしてからのことであるから、もう、右左はあなたまかせ、と、いったような信心を私は信じて神様を用いたことになる。それが本当の神様を用いたということになるのじゃないでしょうか、ね。
 そのために、いよいよ神様が信じれれる、おかげを頂くために神様の働きを、すべてが神愛、すべてが会楽地上天国のおかげを頂かして下さろうとする神様の働きであることを私共が信じた時に、ね。
神様の願いを言うならばキャッチしたことになるのです。
 これだけは神様の働き、これだけは神様の働きじゃない、と言う間は、だから本当に神を神と用いる事は出来ないことになるのです。
 そういう例えば、神様の働きを私共が、まともから合掌して受けていけれる生活、そこに安心の生活があり、喜びの生活があり、それを、いよいよもって垢ぬけしていく行き方を身につけることであります。なかなか、そこのところの垢ぬけした行き方というものがなかなか出来ません。言うならば神様が、おかげを下さろうとする働きと、ま、言ってもいいでしょう。それが、おかげを頂かして下さろう、とする働きであったことが信ぜれるようになり、一言が二言、二言が三言と言うように、も、すべてが神様がおかげを下さろうとする働き、お徳を下さろうとする働きだと段々わかってくる時にです。垢ぬけした心で、すっきりした心で、疑いを放れておかげが!! と言われるわけです。どんな場合でも人間という者は自分の心を中心にする。で、自分が、ありがたいと思わなければ、おかげではない。自分の思うように、ならなければありがたい、とは思わない、と言う間は、まだ神様を疑っておる。ということに、なるのじゃないでしょうか、ね。疑えば限りがない、と、ここでは、おっしゃておられるから信ずれば、また限りない、ということにもなるのです。
 昨日の朝、壱岐の末永先生から電話がかかってきた、も、今朝から本当に大変なお夢を頂きましたともう、その、お夢のことを思ったら、今朝の御祈念が本当に落ちついて出来ませんでした、というような、も、だから早く御祈念をすまされて、すぐの時分じゃったでしょう。電話がかかってきた。
 どういうお夢ですか、と言うたら、『〓下はどれだけあるやら、わからんような深い断崖絶壁というようなところの横を私と末永先生の言葉ですね。建夫先生と二人で散歩をしておった。ところが、その崖のところに崖ほ方へ、も、こう、その松の木が一本生えておった。そしたら、その歩いておったとの、冗談のようにしてから建夫先生がその松の枝に飛びついた。そしたら、その松の枝が折れて枝とともに、下に落ちた、という事であった。もう、びっくりして廻ってから下の方へ行ったら、ま、小さい家があってそこに、ようやく這い上がってるとこであった。別にどこ、と、怪我してるふうじゃないですけども、腰を打って、腰が立たんような状態で、金光様、金光様と言ってなでておるところで目が覚めたと言うのです。
 比頃から、それによく似たお話を頂きましたよね。仙人の言うなら弟子入りをする「仙人が、その断崖絶壁にある、その松の木に登れと言うた、登ったそしたらその足を放せ、手を放せ、も、いよいよ片一方の手で、ぶら下がっている子、その手を放せと言った。なかなか放せられません、ね。
けれども、それを思い切って放したら、下は断崖絶壁、千仞の谷といったようなところである。
放せませんけれども放した。放したら、もう次の枝に足がかかり手はつかまえておった、とこう言うのです。それを、いつまでも放さないから手はしびれてくる。もう気力がなくなって、そのまま下へ落ちてしまわなきゃならん、と。
 末永先生が性格には、そういうところがあるもんね、と言って、ま、後で話したことでした、ね。
登れと言い放せと言うなら、も、確かに放せる勇気をもっておる。それは親先生を信じておるから出きたんです、ね。例えば、南米布教であってもです。それこそ親子4人の者が、見ず知らずの、ね。
 信者も一人もいないといったようなところへです、ね。やらして頂いた、この頃からある方が末永先生に、もし、あなたが今度南米におい出られて、金どんが足らん時には、これを売って下さいと言うて値打ちが五百万がたもある、といったようなものを贈られた、ところが先生が思うこと、私はあちらへ貧乏するような事、金に不自由するような事はない、と信じておる。だから、これはお教会にお供えするが当然だ、と言ってお供えをした。という位は信心を言うならば信ずる心をもっておる人です、ね。
 だから、さぁ、登んなさい、手を放しなさい、足も放せれる、手も放せれる、そして、そういう、おかげが頂けることを信じておるです、ね。ところが昨日、お兄さんの末永先生が頂いておるのは冗談のようにして飛びついたと言うんです。こ、二人歩いて行きよるとに、ね。ところが、その松の枝が折れたげな、ね。だから、この辺のとろがです。いわゆる、その過信であってはならない、という事であります、ね。これは信じ過ぎるといういとはありません。神様を信じて疑わない、という事はもうそげん信じちゃいかんよ、という事はない、ね。けれども神様を信じておるけれども、自分自身を言うならば信じすぎとる。かいかぶってはいけない、という事を私はお知らせ下さったのであろうか、と思います。合楽では信ずるあまりに、そういうようなところが、ちょいちょい見えるところがございます、ね。
 疑いを去れよ、という事は、ね。恐るべし。ともあります、ね。疑いを去るという事は、だから信ずるという事になります、裏を返せば。けれども信じすぎると言う事は絶対ありませんけれども、ね。 同じようですけども結局、過信はいけないということです、ね。自分の力をいうならば過信する、ということはいけない。どこまでも神を信じて疑わない、ということでなからなければならん、ということです。それが段々稽古さして頂いとるうちに、ね。いわゆる、ここではそれをフィーリングと申します、ね。もう、いつも私が朝8時半に退がらせて頂くのに、いわば9時近くまで此頃は坐ってることが多くなりました。お参りが切れてしか立てませんから、そういう時に、あすこ、入って来て、いや、おかげ頂いた、と言うたり思ったりしよる人がある。私が坐っとる。もう親先生が、おられんと思とったら親先生が坐って、も、まるっきり私のために坐って頂いたように、と思うんですね。必ずおかげ頂くです。
 そういう人はどういうお願いをもって来よってもフシギですね。そういうところから段々信ずるということが本当のものになってき、ね。例えば、なら、お産の事だけは家内をまるっきり、お産の神様のごと思とる、ね。だから家内に信心が出来とるわけではないけれども、只、家内は体験者。もう、7人の子供を産んどるけれども、前の長女と長男はまだ北京時代ですから、もうその後の5人というものは、それこそ隣知らずの安産。第1、愛子があちらからお腹に入って参りましたけれども、逆子でしたけど丁度その時、逆子専門の北京でかかった産婆さんが大分から尋ねてくれとったんです。そして、その朝、産気づいたんです、ね。ですから、も、それこそ、あっというまの安産おおかげ。
 以来というものは、も、隣知らず。そばにおったっちゃわからんごと、おかげ頂いてるんです、ね。言うならば、おかげの体験者です。ですから、みんなが親奥様にお願いすればと言うのが、も、1人2人じゃない。みんなおかげ頂くようになったわけです、ね。だから家内が言うように 言うならば信心が出来とるわけじゃないけれども体験者であることは事実である。そして神様が教会長の家内、婦人としての言うならば、顔をたてて下さってある、と言うふうに、ま、家内は申しますけれども、その辺の神様の御演出がすばらしいね。
 私に便所に立たせておいて、そして氏子の信じさせる働きを、そこにおこしておられる。私は合楽の場合は、こういう働きがいつも、あってると思うのです、ね。そりゃ、私がおったら私にお取次ぎ願わんならん。そしたら、やっぱ1時か2時頃やったつかも知れん。けれども家内じゃったから、いやぁ、親奥様、おかげ頂いた、と親先生がおんなさらんやったから、よかった、というものです。中身は値はね。私は便所の中から、それば聞きよっとじゃから。それで私も思いよる。あっ、おかげ頂くばい、と思いよる、ね。そういう信ずる心が沢山集まるわけです、ね。おばあさんも信ずる、家内も信ずる、私も信ずる、ね。それが1時か2時かでしょ、と言いよったのが、もう11時には生まれる、と言うような、しかも安産のおかげを頂いた、ということなんです。そういうようにね、合楽では稽古の焦点をそこにおくとね、そういう信ずる心がいつも頂ける。
 神様の働きと共におこっておる、あっておる、という事でございます、ね。只、それをやはりキャッチする心、というものが、ね。それが、つのりつのって、いよいよ絶対信というものが生まれてくる。そして神様の働き、そのもの全部が私の上におきてくる。その働き全部が神様の神願であり神愛の現われである、と信じれれるようになった時がです。言うならば合楽天国のおかげの中に住ませて頂くことが出来る、ということになるのですよ、ね。
                                     「どうぞ」